夏安居
蜘蛛に詫びながら小屋入り口の蜘蛛の巣を払った。
「ええか、何も殺さんでくれよ。俺らたまにしか来んけど、あいつらはずっとここに住んどる」と小屋主のＹが言う。
明石海峡大橋は見えぬが眼下は瀬戸内海播磨灘。
淡路島の北西斜面に建つ八畳一間の別荘小屋。周囲に琵琶の木が数本。夕陽が西の空と海を朱に染める。
職場仲間四名の一泊フイッシング。岩屋漁港へボートをつなぎ釣果を担いで登ってきた。
タコとアジが釣れていた。食べ物など荷物を台所に置き、まず一服と輪になってビールを飲む。一息ついて夕飯の支度だと台所に立った者が
「わぁ、アリの行列や！」と言った。
「そっとしといたれ。食うだけ食うたら勝手に帰りよる」
「あいつらも夕めしや。夜になったら巣に帰る」とＹ。
まるで夏安居（仏教の籠もり修行．夏は虫が多く不用意に出歩くと踏み殺す恐れあり）。蚊取り線香も禁止である。
同行の三名が、こいつはこんなおもろい男やったんかと呆れ顔を見交わし、言われた不殺生戒を守った。だが、包丁を手に刺し身をつくり、タコ飯を作ったのはその殺さずのＹだった。彼は、手足をくねらせて嫌がるタコを、情け容赦もなく熱湯の鍋に押し込んだ。フタを押さえてゆがいた。煮て、きざんで炊飯器に入れ、吹き上がったところをニタニタしながらかき回した。
「でけた、でけた。ごっつ、うまそうや。遠慮せぇで食うてくれ」。
なるほどうまかった。
あまった分は，やはりＹが、手に付く米粒を舐めなめしながらニギリ飯にした。